僕はまた、旅に出る。

僕はまた、旅に出る。

祈りの街、早朝の原爆ドームにて。

先日、初めて広島に行く機会があり、早朝、原爆ドームを散歩しました。

 

原爆ドームといえば、世界遺産に登録されており、多くの方が学校の教科書やテレビなどで一度は目にしたことがあるかと思います。
また、今年の5月に開催された、G7広島サミットでも話題になり、広島に行くならば、一度は見ておきたい場所の一つかと思います。

 

そんな、原爆ドームを自分の目で見た際に感じたことを、記憶として書き記しておこうと思います。

 

河川とともに生きる街

訪れてみて、改めて気づいたのが、広島市は河川の街だということです。
太田川によって運ばれた土砂によって作られた三角州は、複数の河川を通しており、博多の中洲のような光景が何度も続いています。

 

 

早朝の散歩の際にも、ジョギングをする人、河川沿いに建てたれた石碑に祈りを捧げる人など、広島市の暮らしが、川とともにあることを知ることができました。

 

 

原爆ドームとその現在

さらに河川を遡上すると、原爆ドームが現れました。

 

近くで見ると、原爆ドームという存在が、コンクリートやレンガ、鉄骨といったものでできていることを知り、イメージとしての原爆ドームが、物理的な存在として認識することができるようになりました。

 

 

 

廃墟、というよりは遺構、という表現が正しいかもしれません。

安置されているためか、恐怖というよりは、穏やかさを感じ取ったのは、現地を訪れたからこそ感じ取れたことの一つでした。

 

 

対岸には、平和祈念公園が整備されており、当時の記憶が残された資料館があります。

 

原爆ドームが我々に気づかせること

遺る原爆ドーム、発展する広島の街。どちらも朝が来ます。

原爆ドームが平和の象徴、というふうに言われていますが、自分は原爆ドームと今の広島の対比ができるからこそ、平和を認識するができるのではないか、と感じました。

 

朽ち果て、姿を変えない原爆ドームがあるからこそ、現代の、発展した広島の平和さが、身に沁みました。

 

そして、この状態で後世に残すことができている"今"がある、ということもまた、平和であるということを、認知・認識する機会になりました。

 

 

広島・原爆ドームの、この美しい朝の時間が、これからも続くことを祈りたいです。