僕はまた、旅に出る。

僕はまた、旅に出る。

その "初めて" は、あなたから「語彙」を奪い去る

 

初めて目にしたものの衝撃って、何歳になっても、言葉で伝えるのって難しいですよね。

表現する語彙が出てこないんですよ。

 

そんな経験を、久々にしてきたので、綴っておこうと思います。

 

 

初めての公演鑑賞

先日、初めて、劇団の公演を観に行きました。

 

きっかけは、知り合いのポッドキャスターからの紹介。

パーソナリティのお一人が出演する、とのことで観に行かないか、とお声がけいただきました。

 

初めて降り立った、東高円寺。

劇場の最寄駅です。

 

今回、鑑賞したのは「来栖匠の魔界血婚大戦争」という公演。

 

あらすじを簡単に話すとこうです。

主人公・来栖匠は、彼女へのプロポーズを果たし、親族との顔合わせに臨むものの、やってきたのは、なんと、悪魔にバンパイア、メデューサ!
さらに、熱血警察官やストーカーまで乱入し、顔合わせは大パニック。
果たして、無事にゴールインできるのだろうか・・・?

 

ジャンルは、ドタバタラブコメ、が近い気がしました。

 

同行する皆さんと集合し、ビルの階段を降ります。

会場は、20人ぐらいの小劇場。

文字通り、舞台には白い幕がかけられていました。

 

初めての場所、鑑賞ということでソワソワしつつ、開演を待ちます。

定刻。音楽と同時に、(物理的に!)幕が切って落とされました。

 

劇団の公演ってすごい!

内容は具体的には言えないのですが、公演、とても良かったです。

初めて観劇した自分なりに、良かったところをいくつか挙げます。

 

キャストの存在感

男性の役者さんは比較的体が大きいことから、そもそも迫力がありますが、今回、特に驚いたのが女性の役者さんたちの声量と迫力です。

 

普段、女性の方がこの声量で会話される様子を目にすることがないためか、すごく迫力と力強さを感じましたし、さらには、公演の80分間、その声量を保ったまま演じられていたので、より劇中にのめりこめました。

 

舞台との距離感

映画館や大きな劇場では、ステージを境に、演者とオーディエンスが区切られていたり、ステージが一段高く立っていることが多いかと思います。

 

今回の舞台は段差がなく、演者の皆さんと高さや目線が同じなので、オーディエンスも含めて舞台空間が出来上がっている感じがしました。

 

よく、映画館などで鑑賞すると、目線に客席が入ったりすることで、ふいに集中が切れ、映画を観ている自分や、映画館にいる自分を自覚してしまうものです。

 

それが全然ありませんでした。

 

それもきっと、舞台との距離感がのめり込めるようになっていたからなのかなと思いました。

 

空間的な演出

ふたつ目に近いですが、演者と観客の距離が近いが故に、立体的・前後に動く演技・声や音の響きを含めた空間的演出も楽しめました。

 

同じ世界観・空間内で、ドラマが繰り広げられている感覚を味わえるのが、劇場での良さ、でしたね。

 

総じて、生で観ることの素晴らしさを感じられたし、これを世の中で知らない人がいるなんて、みんなもったいないぜ、とも思いました。

 

初めての「良かった!」は言葉が出ない

講演後、演者の方とお話しさせていただいたのですが、観劇自体、初めてと言うこともあり、「良かった」ことを、適切に伝える語彙が出てきませんでした。

 

ボディーラングエージしながら、

「とにかく、とにかくすごかったんです!」

と言うことしか、できませんでしたね。

 

新しいことを初めて経験したときって、語彙が全然出てこないんですね。

今回久しぶりにその感覚を得ることができました。

 

もし、まだ観劇させていただく機会があったのなら、もう少し、芯を得た感想を伝えてぇなぁというのが、最後に思ったことでした。

 

世の中は、まだまだ「初めて」で溢れている

今回、改めて思ったのが、「世の中には、初めてのことがまだまだある」ことです。

 

そして、その "初めて" は、あなたから「語彙」を奪い去ってしまいます。

 

この面白さを体験できる出来事は、世界にまだまだ溢れています。

 

ぜひ、みなさんも、たまには "初めて" を探してみてはいかがでしょうか。

 

 

写真:劇場の写真がなかったため、昨年のロンドン観光の際に通った、ハリポタの建物で代用。

 

今回のエピソード

open.spotify.com

"電気計算で生まれし言葉"、 "大地の恵みと営みのそれ" に及ばず

 

先日の北海道・東北旅行で、岩手県北上市に立ち寄りました。

 

盛岡を基準とすると、盛岡の南には花巻市があり、

さらにその下が北上市、といった位置関係となります。

 

今回は、「人よって作られたことば」だけを見たくて、日本現代詩歌文学館に出かけた話を綴ります。

 

日本現代詩歌文学館

北上駅から歩いて20分ほどでしょうか。

日本現代詩歌文学館があります。

www.shiikabun.jp

今回、この場所を訪れた理由は至って簡単で、「人よって作られたことば」だけを見たかったからです。

 

ここ2~3年。

日々の暮らしの中で、「AIによる制作物」を目にする機会が増えました。

 

SNSやコンビニ、レストランなど様々な場所で目にすることから、目にしない機会の方が少なくなってしまいました。

 

その目的やクオリティはさておき、長年AIに携わってきた自分としては、(まだ)見分けがついてしまうことから、ここ最近は、「人間による制作物だけを見られる場所に行きたいな」、と考えており、今回、旅のついでに立ち寄ることにしたのです。

 

文学館のメインの展示エリアは2Fのみ。

 

それも、平日ということもあってか、自分以外に鑑賞者もおらず、ただ空調の低音だけが響き渡る、優雅な時間を過ごすことができました。

 

今年の常設展「いのちを継ぐ 農業と詩歌」ということで、農業をテーマとした詩や短歌などの展示が中心となっていました。

 

農業と文学っていうと、宮沢賢治とか浮かぶ方も多いかと思いますが、展示作品の中心は、現代人によるもの。

若い方だと20歳、上の方も最近まで存命の方の展示が中心でしたが、一貫して、日本各地にお住まいの方の農業にまつわる詩が展示されていました。

 

ひとつ、展示作品を紹介するとしたら、「インスタレーション 未知ことばを待つ畑(フィールド)」でしょうか。

 

木の棒に、葉っぱが取り付けられた紙。

それぞれが、大切にしている言葉、誰かに届けたい言葉を記載し、近くに備え付けられたプランターに植えることで、誰かの糧となる、という、参加型作品となります。

 

"芽吹いているさまざまな言葉" を 拝見すると、人の言葉の柔軟さや、強さを感じ取ることができました。

 

"不自然な自然さ" は、温かみとなる

さまざまな詩や短歌作品を拝見すると、清流され過ぎているAI文章からは得られない温かさを感じることができました。

 

言うなれば、ガムやスルメのように、読めば読むほど作者の情緒が浮かび上がってくる「かみごたえ」。

文法表現をあえて崩すことで、読み手が一度立ち止まるような、「文の不自然な自然さ」。

この咀嚼・反芻して浮かぶ情景に、自分は「人の温かさ」を感じました。

 

最近、自分が世に放たれる生成文章に感じなかったのは、まさにこの部分だったのだと思います。

 

あまりにも "整流" されすぎた文章。

あまりにも "インパクト" により過ぎた表現。

 

生成AIに用いられている言語モデルの単語予測の仕様上、仕方のない部分であることや、大衆利用が進んだことによって、「それっぽさ」で掲載を許容してしまうことで溢れている、似通った表現の数々。

 

これら、電気計算で生まれた「自然な不自然さ」は、大地の恵みと営みで生まれた「不自然な自然さ」を、まだ超えることができていないのではないか、と思う機会がまだまだある気がします。

 

「自然な不自然さ」に勝つ、「不自然な自然さ」

一方、人による文章だからこそ、生成文では生み出せない熱を生みだしていることもあります。

 

例えば、SNSの炎上。

 

皮肉にも、その多くが人によるポストである気がします。

 

そういう意味では、生成文章が人による文章を越えられない領域もあるのかもしれません。

 

※ もちろん、個人的には、領域と生成AIの両方のエキスパートであれば、越えられるものも出てきているのでは、と考えています。生成AIの民主化が進んだことで、文書品質のばらつきが高いことで、まだ「自然な不自然さ」に気づけているだけ、かもしれません。

 

どれだけ、生の営みや熱を不自然な文章で表現できるか。

そこに、我々人類がこれからも言葉を紡ぐ意味を見出すヒントがあるのかもしれません。

 

AIに頼り切らず、ブログを綴り続ける楽しさも、これなのかもしれないな・・・。

 

そう思った現代人でした。

 

隣の公園では、子どもたちが遠足していて、穏やかな日常が広がっていました。

北上市、わずかな滞在でしたが、過ごしやすかったです。

 

今回のエピソード

関連記事

今回の北海道・東北旅行に関する記事はこちら

 

heat02zero.hatenablog.com

 

heat02zero.hatenablog.com

 

heat02zero.hatenablog.com

旅先の友人は、心のセーブポイント

 

先日、北海道・東北旅行に行きました。

その旅の最中、三人の友人・知人に会いました。

 

人に会いに行く旅っていいものだな、と思ったので、書き残しておこうと思います。

 

知らない土地も、知り合いがいれば急に安心感が湧く

これまで、北海道には何度か行ったことがあるんですが、今回、初めて札幌に行きました。

北海道では、以前から懇意にしているポッドキャスト仲間であり、友人の一人に会いました。

 

京都ぐらいの感覚で、地図のワンブロックを歩いたらデカすぎたり、

「おお、これがニッカの!」と、感動したりしたわけです。

 

しかしながら、夜になると、土地勘もないことから、一人歩くのが寂しくなってくるものです。

 

そんな、時間帯に差し掛かる頃。

無事に友人と合流できました。

 

いや〜心強いね。

 

お会いしたのは、以前から懇意にしている、ポッドキャスト番組「ゆるラクゴのつくりかた」のイエモトさん。

 

昨年は、自身のエピソードをゆるい落語(ゆるラクゴ)に仕立てて、演じさせていただく機会をいただきました。

 

heat02zero.hatenablog.com

これまで、二人で飲んだことがあったわけではないのに、気づけば長い時間が経過していました。

恐ろしい時間の流れです。

 

美味すぎるお寿司に、お酒。

思い出話に、重なった共通点のこと。

さらには、これからの楽しみについて・・・など、話せばキリがないほど、楽しい時間でした。

 

初めての土地が、こんなにも暖かく安心感のある雰囲気に早変わりしたのは、これが初めてでした。

 

翌日には、紹介いただいた喫茶店にも立ち寄ることができました。

その土地に住む方のオススメが知れるのもいいものですね。

 

まだ知らない街で誘われ、美味しいコーヒーを嗜む時間。

これもまた、単なる一人旅では、なし得ない出来事だったと思います。

 

1年。されど積もる話もある

さて、この記事ではもう一人だけ、友人の話だけしたいと思います。

 

旅の最後、仙台に立ち寄りました。

目的は、前職の友人に会うためです。

 

友人とは、新卒研修時代からの付き合いということもあり、気づけはだいぶ長い仲になりました。

なぜか、牛タンからのアイスを食べることが恒例になっています。

 

昨年も仙台を訪れる際に会っているのですが、今回も積もる話がたくさんありました。

 

仕事に家庭、趣味に将来。

たくさん悩み、考える内容が増える年齢になったなぁ。

 

・・・・そんなことを思いながらも、今でもこうやって気楽に話せるのは嬉しいなと思える時間でした。

 

旅先で友人に会うのって、なんかセーブポイントみたい

旅行の合間に、その地に住む友人に会うのって、なんか、ゲームのセーブポイントみたいでいいなって思いました。

 

急に土地に安心感が湧いてくるし、心強い。

友人に会いに行くのもいいものだなぁ、と改めて思いました。

 

今年はご縁があり、遠方でのポッドキャストイベントにも参加させていただいているのですが、どれもいい体験でした。

 

heat02zero.hatenablog.com

せっかく旅行も好きなのだから、友人の住む土地で、イベント参加したり、開催できると楽しいだろうなぁ、と改めて思った次第です。

 

友達に会いに行く旅、いいものですよ!

 

今回のエピソード

このほか、もう一人、知人に会いました。

ですが、これもまたすごい経験でした。こんなことがあるとは・・・。

 

今回の旅の関連記事

heat02zero.hatenablog.com

 

heat02zero.hatenablog.com

早起きは "人間らしさ" ? 【盛岡・神子田朝市】

 

先日、北海道・東北旅行の際、変わった朝市に行きました。

それが盛岡で開催されている、神子田(みこだ)朝市です。

mikoda.jp

年間300日ほど開催されている朝市なんですが、朝5時から8時ごろまで開催されていて、この神子田地区へ移転してから約50年の歴史があります。

 

野菜をはじめとした名産品だけではなく、ラーメンやワンタンメンのような食事から、コーヒーやスイーツと言った軽食も軒を連ねています。

 

今回は、せっかくなので、朝から歩いて向かうことにしました。

 

 

盛岡の隣、仙北町駅から歩く

盛岡駅からも歩くことができるのですが、歩くと50分ほどかかるため、一つ南の、仙北駅から歩いて向かいました。

こちらからだと、おおよそ徒歩20分です。

 

9月下旬。

東京はずっと雨でしたが、盛岡は晴れていて、綺麗な朝の景色を見ることができました。

 

途中、北上川を渡り、対岸にある神子田地区へ入ります。

 

神子田朝市

住宅街を歩いていくと、急に人や車通りの多くなりました。

上りが見えてくると、神子田朝市に到着です。

 

7時ぐらいに到着したんですが、朝とは思えないほどの、車と人。

3列ぐらいの屋根が並んだ朝市は、たくさんの人でごったがえしています。

 

一番人気は、岩手の郷土料理のひっつみのお店。

めちゃくちゃ並んでいました。

 

自分も知らなかったのですが、郷土料理の「ひっつみ」は、手のひらサイズのお椀に、根菜や油揚げや、小麦粉を練り、手でちぎった「ひっつみ」を具沢山にいれ、醤油ベースのスープでまとめられた料理となっています。

 

ひっつみも気になるところですが、自分が気になっていたのは「朝市食堂」のワンタンメンです。

 

おぼんに載って出てきたワンタンメンを受け取り、席につきます。

 

朝日に照らされる湯気の様子に、

・・・最高だね

と思わざるを得ませんでした。

 

少し分厚めのチャーシューに、細めのめんま。

やわらかいワンタンが乗っています。

 

朝ということであっさり目の優しい醤油味でしたが、少し肌寒い朝に、体が温まりました。

 

「早起き」は人間らしい?

 

このときも含め、以前から思っていたのですが、「早起きって人間らしい行為になっていくのでは」ということです。

 

最近では、常時動き続けるAIエージェントなども登場し、朝も昼もなく、人によって与えられたタスクを完了するまで動き続けています。

動き続けるということは、寝ることも起きることもありません。ましてや、「早起き」なんて概念もありません。

 

一方で人間。

起きるには、寝ないといけない。

早く起きるには、「起きなきゃ」という強い意志が睡魔に打ち勝つ必要があります。

 

そういう意味では、「早起き」という行為は、人間らしいのかなと、思うようになりました。

 

最近は、朝も涼しくなってきました。

少し早起きをして、季節の移り変わりを肌で感じてみるのもいいかもしれませんね。

 

盛岡の神子田朝市、とても良かったです。

open.spotify.com

この時期の旅行が好きなのって、 "荷物観点" もあるかも?

 

先日のシルバーウィークに、旅行に行きました。

 

旅行といえば、欠かせないのが、"持ち物準備" です。

自分は、どちらかというと、心配性タイプ。

「念の為、これも持って行った方がいいよな・・・」、と、荷物が嵩張る傾向にあります。

 

以前の海外旅行の記事でも、持ち物一覧に触れていますが、一部記載のない細かい備品であったり、同じものでも複数持っていくものもあったりして、なんやかんや、いっぱいになっちゃうんですよね。

 

heat02zero.hatenablog.com

 

持ち物の少なさは、旅の "QoL" に直結する

旅行先の荷物の量って、RPGでいうところの「デバフのかかるステータスアイテム」なんですよね。

持ち歩くと重いし、行動に制限がかかってしまう。

 

「でも、万が一〜」のように、ほぼ起きないリスクに気をつけるなら、携帯しないといけない。

なかなか困りものです。

 

でも結局、持ってきちゃって仕方なくコインロッカーに預けることにして、余計な出費が発生したり、旅が終わってみると使わなかった、なんてことが頻発するのがあるあるなのかなと思います。

 

夏冬、荷物多すぎ問題

そんな持ち物ですが、特に「夏冬」は異常に多くなりがちです。

 

夏でいえば、汗。

汗かきなので、大量の着替えが欠かせません。

 

朝シャワー、午前活動。汗だく。

昼に戻ってシャワー、午後活動、汗だく。

場合によっては、夕方戻ってシャワーして、夕食に繰り出し、

夜、帰ってきてラストシャワー。

・・・なんてことが全然あります。

 

冬は冬で、荷物が嵩張ります。

 

旅先の気候に合わせ、ダウン、重ね着、厚手の服、ヒートテックなど、臨機応変に気温に適用するため、服が増える傾向にあります。

でも案外、室内は暖かすぎて、汗をかく・・・。

 

みたいなことも起こるので、自ずと、キャリーバックがパンパンになるわけですよね。

なかなか厳しいものです。

 

長期旅行でコインランドリーを使うべきか問題

だいたい4日以上の長期の出張や旅行では、本来洗濯カゴに行くべきものを持ち続ける必要が出てきて、荷物の観点からこれもめんどくさいなと感じます。

かと言って、毎日分の着替えを持っていけば、それはそれで荷物が重すぎてしんどいというのがありますね・・・。

 

最近では、旅行期間の長さに対する "QoL" の観点から、コインランドリーを使うことも増えました。

先日宿泊したホテルでは、確か1回500円とかで、洗濯+乾燥ができたので、500円で数日分の荷物が減らせることの良さを知ることができました。

 

もちろん性格や体質もあるかもしれませんが、最近の自分は、少し長めの旅行において、洗濯ネットを携帯し、服や下着の総量を減らすようになってきました。

 

春秋の旅行が好きなのって、荷物が少なくて済むからかも

ここで、本題に戻りますが、旅行において、春や秋は気候の快適さから好きなのかなと思っていたんですが、最近は、「荷物が少ない」という行動の快適さも影響しているのだろうな、と思うようになりました。

 

旅先でよく歩き回る人間ということもあり、先日も合計で100キロほど歩いたようなので、荷物の少なさが大きな影響を与えるのはいうまでもありません。

 

上述の通り、服の量が尋常じゃなく増えがちな夏冬の旅行と比べると、今回も明らかにキャリーバックにゆとりがあったので、春秋の旅行いいなぁ、と改めて感じましたね。

 

季節に合わせた荷物対策、これからもうまく活用していきたいです。

 

 

(写真:盛岡にて撮影)

"飾らない観光地" の良さ 【山口県・萩市】

 

みなさんは、山口県萩市 って知ってます?

山口県の北にある市で、歴史好きには有名な場所かもしれません。

そんな萩市ですが、今回初めて回ってみて、すごくよかったなぁ、という話をしたいと思います。

 

城下町を歩く

萩市は、江戸時代は毛利氏が収める長州藩の本拠地。

北は日本海に面し、三方が山に囲まれています。

 

中心にある城下町。

二つの川に挟まれた三角州の上に出来上がっており、とても特徴的な地形になっています。

 

最初に、この城下町に行きました。

 

到着して思ったのが、山に見守られた街、という感覚ですね。

 

当時、お殿様を見上げてはならないということもあり、2階以上の高い建物が少ないです。また、道も碁盤のように整備されており、街の見晴らしがすごくよかったです。

 

そこから城下町を歩いていくわけですが、これがいい。

・・・過剰な歓迎や華美な観光地推しがないんですよね。

 

呼び込みや過度な広告はないけれど、しっかりとした蔵造りの街並みが格式高い。

とても、品がある感じがしました。

 

城下町通りの、菊屋家住宅、という国指定文化財を見学しましたが、これも良かったですね。

江戸時代の毛利藩の御用商人、つまり偉い人に使えていた、商人の屋敷として使われていました。

 

とても立派な屋敷で、夏には夜間開放もされていたようです。

 

当時の暮らしの痕跡も残っており、印象的だったのが「電話室」と「釜場」ですね。

 

人の営みに用いられた場所は、当時の人々が活動している様子が想起・オーバーレイするので、なんだか温かみがある、と言いますか。

 

昔はどんな醤油や味噌を作っていたんだろう・・・

どんな味だったんだろう・・・

どんな気持ちで作っていたんだろう・・・

 

などと、当時の暮らしへの思いが絶えないものです。

 

立派な裏庭も素晴らしかったですね。

 

街とカフェ

近くのスーパーの壁面は、城下町の装い。

レンタサイクルには、侍が乗っている。

こう言った、街ぐるみの小さな雰囲気作りも素敵ですね。

 

そのあとは、「しおさい」という喫茶店に行きました。

今時では珍しい、ファミレスほどの広さの喫茶店なんですが、店内に入るとまやかしじゃなくて、喫茶としての長年の営みが染み付いたレトロな喫茶店だったんですよね。

 

ケーキセットとアイスコーヒーを頼みながら、一緒に回ったメンバーと談笑していたんですけど、一番良かったのは、各テーブルにある落書き帳、でしたね。

旅の思い出、とかではなく、「落書き帳」とちゃんと書かれているんですよ。

それが各テーブルに置かれていて。

 

これは流石によかったので、別記事で書きました。

 

菊ヶ浜を越え、萩城跡へ

菊ヶ浜で日本海の荒波を感じながら、萩城跡に行きました。これも良かったですね。

 

全国各地に城址公園、つまり城はないけど、お堀や城の石垣だけが残った場所ってたくさんあると思うんですけど、ここは全然違いましたね。

綺麗に残りすぎているんですよ。

 

何が違うかというと、城がなくなった経緯、ですね。

 

戦争や内戦で落城したわけでなくて、1863年に藩主が、山口に移したんですよ。

理由は、海岸線に近く、外国船からの攻撃を防ぐのが難しいから。

 

それがゆえに、築城から270年で、全部解体されて石垣やお堀だけになってしまったんですよね。

 

だから、現地に行って最初に見た感想が、綺麗すぎるだったんですよね。

ローマやアステカ・マヤの神殿、マチュピチュみたいに、昔ここで大規模な営みがあったはずが、ポツンと人がいなくなったような、不思議な感覚でした。

 

壊されることなく、緩やかに朽ちていく。

いつか、萩が「遺跡」なったとしても、現代で自分が抱いたような感覚を、未来人も持つのでしょうね。

 

まとめ:萩はいいぞ

萩、よかったです。

冒頭話した通り、観光地感の押し売りが一切なかったんですよね。

いい意味で、ビジネス感や観光地のプライド、みたいなものが一切感じられなくて。

 

もちろん、アクセスなどもあるかもしれませんが、日曜日でも、日本人も、外国人観光客もいなかったですし、すごく居心地がよく、ゆっくり回りたいなと思わせてくれる場所でした。

 

観光地も人口減に伴って、生き残り戦略を考えている市町村も多いと思うんですよね。

重要な収入源であり、町を存続するための手段の一つなので。

そういう意味では、なんか真逆というか。

 

そんな街があったこと、残しておきたくて。

こうして、文章にもしたためてみました。

 

この記事のポッドキャストエピソード

 

関連記事

"燃料" としてのコーヒー、 "嗜好品" としてのコーヒー

 

コーヒーが好きで、毎日たくさん飲んでしまうのですが、

「燃料としてのコーヒー」と、「嗜好品としてのコーヒー」があるなとよく思うんです。

 

この感覚って、他の人もあるのかなと思い、書いてみることにします。

 

味わいチャートでの "全体感"

「味覚は絶対的なものではなく、それぞれが美味しいと思うコーヒーを飲むことが素晴らしい」ことは大前提として、

自分の「味わいの感覚」を、よく目にするコーヒーのボディーと味わいの2軸で表したチャートで書いてみるとこんな感じです。

 

「燃料」、「嗜好品」、「気合い注入」で記載してみました。

自分の好みだけ先にお伝えすると、いわゆるフレンチローストあたりが好きで、ハンドドリップか水出しをよく飲んでいます。

 

「燃料」としてのコーヒー

仕事や作業の際に飲むコーヒーです。

とにかくカフェインを程度に入れて、冴えさせることを目的としていると思います。

稼働するためのガソリンと言っていいでしょう。

 

コクや後味などの主張は控えめ。

密度を感じすぎないライトなものが多いです。

 

これに該当する、個人的に好きなコーヒーは、タリーズのボトル缶コーヒーですね。

昨今、値上がりしているコーヒーですが、やめられない出費の一つです。

自分の中では一番馴染みがよいため、「燃料」になっています。

 

「嗜好品」としてのコーヒー

休日やリラックスした時、カフェやコーヒー専門店で選びがちなコーヒーですね。

いわゆるスペシャリティーコーヒーが多いのですが、これはチャートで表すと、左右に別れました。

 

まず、左の「コク・苦味」側。

これは、明らかに自分の「好み」が影響していますね。

 

苦味に加えて、ナッツやキャラメル、スパイシー。暗めのベリー、チョコレート・・・。

淹れ方にもよりますが、好みで言うと、エチオピア、マンデリン、コスタリカあたりですね。

 

一定の「重さ」もあるから、ゆっくりまったり飲むことが多いです。

この辺りはホットコーヒーとして飲むことも多い気がします。

 

 

そして、右の「ライト・酸味」側。

これは、「ティータイム」的イメージがバイアスとしてある気がします。

ハーブティーや柑橘フルーツ、ジャスミンなどの花の香りのニュアンスのコーヒーを嗜好品のように捉えることが多いです。

 

「嗜好品」系としたエリア両方に言えるのですが、一口飲んだ後に、ホッとため息をつき、リラックスできることが多い気がします。

 

 

「気合い注入」としてのコーヒー

これは完全に、「覚醒のためのコーヒー」ですね。

これは本当に普段飲まないような「ストロング」系が多い気がします。

 

「味を楽しむ」ことはなく、「舌と脳への刺激物」という感じですね。

普段は買わない、限定の変わり種コーヒーなど、衝動的に選んでしまうことが多いです。

 

まとめ

個人的な感覚の話で大変恐縮ですが、コーヒーはコーヒーでも、「燃料的側面」のものと「嗜好品的側面」のものがあるなと感じていたことを言語化してみました。

同じように感じる方はいらっしゃるでしょうか?

改めてチャートをみて、価格を抑えながら「好み」と「燃料」の重なるコーヒーを見つけておきたいなとおもいました。

 

heat02zero.hatenablog.com

また、「嗜好品的側面」と言いますか、「一杯のコーヒー時間を楽しむ体験の素晴らしさ」を記事として、別のアカウントで隔週投稿しています。

よければご覧ください。

ちょうど、連載から一年が経ちました。

note.com