僕はまた、旅に出る。

僕はまた、旅に出る。

美術館に行くようになって変わった、鑑賞の移ろい



今年は、年初にたくさん本を読むことを目標にしました。

いろんな本を読む中で、ブルーピリオドを読み始めてから、美術系の本を読んだり、美術館に行く機会が増えました。

この1年間で訪れた、大きめの美術館としては、

彫刻の森美術館

・ポーラ美術館

国立西洋美術館

・DIC川村記念美術館

東京都美術館

です。

そんな中で、美術館に行くようになって、変わったことがいくつかあったので、書き残しておこうと思います。

 

美術品に対する鑑賞の移ろい

これまでは、その作品の”美しさ”や”構図の良さ"みたいな部分に目が行きがちでした。整い具合、といった方がわかりやすいかもしれません。

ここ数年で、少しずつ鑑賞という行為が変わってきたように思えます。

以前のブログ記事でも書きましたが、

美しいものを作り出す、ことだけが美術ではなく、作家が生きた時代への理解や、作者への理解、作者や作品それぞれとのつながりを理解していくことで、鑑賞への”奥行き”が生まれたのち、これは(自分の知っている)何かである、というラベルを貼ることで、作品を無理やり理解するだけではなく、あえて、作品から”わからない”を感じ取ったり、それを楽しむことも間違いではないことを理解できた気がします。

 

heat02zero.hatenablog.com

 

帰り際にポストカードを買うようになった

以前は、展覧会の会場を出た後、美術館の売店に立ち寄っても、特に何かを購入することはなかったのですが、最近は、作品のポストカードを買うようになりました。

上記でも挙げましたが、美術館に行って、「行って良かったなぁ〜」とか、「いいもの見たな」とか、で終わることが多かったんですが、こうやってブログに書いたり、他の媒体でも書いたり、友人とも話をする中で、美術鑑賞というものが、美術館の外でも行われるようになりました。その結果、展覧会で、いいなと思った作品や、直感的にビビッときた作品をポストカードとして買って帰って、何でいいなって思ったんだろう、とか、自分の中で消化しきれていなかった、作品への感情を反芻するようになった気がします。

 

美術館、というデザイン

作品展だけではなく、美術館そのものにも目が向くようになった気がします。

この作品展では、どういった展示方法をとっているのか。美術館のコンセプトって何かあるのだろうか。そんな、美術作品の外も少しずつみるようになってきました。

たとえば、DIC川村記念美術館やポーラ美術館は、美術館だけではなく、敷地内の自然を含めて楽しめる構成になっていました。この場所で美術館を始めた理由なども知るとさらに面白いかもしれません。

 

まとめ

美術鑑賞といっても、鑑賞方法は十人十色です。

頭を空っぽにして楽しむ美術、時代の窓として楽しむ美術、人とのつながりを楽しむ美術。自分の感性との対話を楽しむ美術。ほんとうに様々です。

いろんな方法で鑑賞できるようになって、より作品という概念を立体的に鑑賞できるようになった気がします。

ぜひ、みなさんも、自分なりの鑑賞法を見つけてみてください。